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右の写真は東京国立博物館で展示されている伝中国河南省・洛陽金村出土の戦国とんぼ玉です。戦国玉には様々な意匠がありますが、これほど手の混んだ模様を持つ戦国玉は極めて珍しく、ある著名な美術史家は「中央に七曜文、周りに連珠文区画その外側を菱形円文が並んだ豪華絢爛たる意匠美を持ち、トンボ玉の女王といっても過言ではない。紺地に白、赤褐色の配色美もみごとであり、紺地と白の清楚な印象も捨てがたい」と絶賛しています。洛陽金村の戦国玉が世に知られるようになったのは1930年ごろで、由水常雄氏はその経緯を著書「火の贈りもの」で次のように述べています。
「1929年頃、河南省の洛陽周辺の地域から、たくさんの美しい出土品が市場にではじめた。当時、河南のキリスト教管区の司教をしていたトロント大学の考古学助教授W・C・ホワイトは、これらの出土品に注目して、その出土地を追跡した。そして、ついにその遺宝の出土場所を探り当てた。そこは現在の洛陽から約20キロメートルほど北東に進んだ地域で、周の古城跡、金村であった。このようにして非公式な形で世に出て来た、これら数々の秀逸なる遺宝の中には、ガラス史上無視することのできない貴重な資料が含まれていたのである。」
この説を裏付けることになったのが、1938年にセリグマン(C.G.Seligman)とベック(H.C.Beck)が発表した論文「極東のガラス、その西方起源」“Far Eastern Glass: Some western origins”です。この論文では、化学分析の結果をもとに、戦国とんぼ玉はエジプトを含む西方より伝来してきたものか、あるいは、中国でそれらを模倣して作られたものか、そのいずれかであると結論づけ、戦国玉の西方起源論を展開しました。
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