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飯降喜三郎、
藤村喜三雄父子
−里文出版「きらめくビーズ」より
飯降氏は古代オリエントやローマのモザイク玉や人面玉、近世のヴェネチアのミルフィオリ玉などを復元しながら、単なる復元ではない、近代的な感覚の端正な模様玉を残しただけでなく、教育者として多くの作家を育てた。 (中略) 今回知り得た所では、椎葉佳子氏、大鎌康弘氏、章弘氏父子、増井敏雄氏など、関西地方で多くの人を教え、自らも作家として活躍している人が、飯降喜三雄氏の教えを受けており、とんぼ玉造りを盛行させる原動力になっている様相が見えてくる。
−由水常雄氏「トンボ玉」より
大阪府富田林市に住む飯降喜三郎氏と最近、三重県阿児町に移った喜三雄氏の父子も玉作りにかけては名人芸をもっている。飯降氏の祖先の先々代は、チェコ人からトンボ玉の作り方を伝授してもらったというから、こちらはヨーロッパのトンボ玉作りの伝統をひくことになる。そのためか、飯降父子のトンボ玉は、ヨーロッパの博物館や専門店に出されて売られているという。とりわけ息子さんの喜
三雄氏は研究熱心で、どんな難題をもちだしても、数週間あるいは数カ月の後にはみごとに作り上げて、私の目の前にその作品を披瀝することができた。
※由水常雄氏「
トンボ玉」では、飯降喜三雄氏による、フェニキア人頭玉、ローマのモザイク玉・人面玉、アイヌ玉などの再現が紹介されている。
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藤村英雄、
藤村眞澄父子
−里文出版「きらめくビーズ」より
江戸時代以来の、すべて素材から手作りの技法を今に伝える家系だといわれている。藤村家では、江戸とんぼの技巧やパターンをすべて伝える上に、さらに江戸とんぼになかった非常にちみつで華麗な花模様の玉を製作されている。教室を開いて大勢の人を教えることはされていないと聞くが、大阪の伝統工芸界の重鎮として、その作品が見る人にとんぼ玉の魅力を伝えた影響力は大きなものがあっただろう。
−由水常雄氏「トンボ玉」より
わが国では、大阪の藤村英雄氏が、玉を作って50余年。江戸時代の大阪の玉造の伝統をひく名人からその技法を継承して、あらゆる種類のとんぼ玉を作ってきた。既成の色ガラス原料を使うことには納得がいかず、自らこの色と決めた色ガラスを作りだして、さながら魔術師のように、炭火の七輪の上で、複雑きわまりないトンボ玉を作りだしてゆく。再現不可能といわれた中国戦国時代の七ツ星文様のトンボ玉や、乾隆時代の小桜トンボ玉も復元している。
※由水常雄氏「
ガラス入門」では、藤村英雄氏が無職のガラス素地と色ガラスの粉を調合するところから、とんぼ玉を作り上げるまでの工程を写真で解説している。また、倉橋健一氏「
工匠 31人のマエストロ」は、藤村英雄氏のインタビューを収録している。
−倉橋健一氏「工匠 31人のマエストロ」より 藤村英雄 明治39年大阪生まれ 家業は宝石加工業。家業を手伝ううち、宝石とは装飾具として関連していることもあってトンボ玉を知る。たまたま近くにいたトンボ玉作りの職人高田万次郎に奨められて技術を習得。戦後いったん中断ののち、昭和37年ごろから再興、藤村とんぼ玉工房を設立。中国戦国時代の七つ星文様、乾隆小桜の復元に成功。昭和54年通産省より伝統工芸品産業功労者表彰。平成2年4月25日没。長男真澄、技術を継ぐ。
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きらめくビーズなどとんぼ玉作品集に掲載されている作家さんたち(順不同)