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中国・乾隆玉と単色玉

peking glass1 右の写真は1939年当時、北京市内にあったビーズ屋の軒先に掲げられていた看板の一部で、青や水色、白、緑の単色玉が連なっています。中国では14世紀から今日に至るまで、山東省淄博(しはく)市郊外に位置する博山(Boshan)がガラス生産の一大拠点で、中国産のガラス玉の多くはこの博山で作られたと考えられています。清朝(1644-1912)初期に書かれた書物には博山のガラス生産に関する記述があり、鉄や銅、コバルトなどガラスの着色剤について書かれており、後世の研究によると博山で作られた色とりどりの単色玉が広く交易に使われてきたことが分かっています。

 博山ではガラスの原料となる良質の珪石が採れるほか、四方を山に囲まれているため燃料や坩堝の原材料が豊富だったことがガラス産業を支える要因となったと指摘されています。清朝では博山以外にも、広東省広州(Guangzhou)や紫禁城内のガラス工房・玻璃廟(1696年に康熙帝が造営)でガラスが生産されていました。

kenryudama 康熙帝に続く雍正帝(在位:1723-1735)は宝石で作られていた官吏の位階章をガラスで作るよう布告を出しており、さらに続く乾隆帝(在位:1735-1796)の時代にはガラス製造が全盛になり、多くの器や鼻煙壺が残されています。玻璃廟で作られた清朝のガラスは「乾隆ガラス」と呼ばれており、左の枕型のとんぼ玉も18世紀の中国で作られたと推定されているため「乾隆玉」と呼ばれています。

 中国産の単色玉は18〜19世紀、アラスカの先住民やアイヌなど北方の交易圏にも大量にもたらされていたことが明らかになっています。看板にも使われている1センチ大の緑色のガラス玉と同様のものが、千島アイヌの首飾りに使われており、ある文献は「この特徴ある緑色のガラス玉はアラスカの南東部の先住民もたくさん持っており、ガラス玉が中国から拡散した壮大なルートと人々のつながりの複雑さとを歴史を示している」と記しています。中国産の単色玉は気泡を多く含み形もまばらで完成度が低いのが特徴です。

 20世紀には北京などの大消費地や、雲南省で暮らす少数民族の間で流通する一方、1920年代にはアメリカにも多くの単色玉が輸出されました。…続く(2007.11.26)
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Masters: Glass Beads: Major Works by Leading Artists (The Masters)Masters: Glass Beads〜とんぼ玉の名匠たち〜 KOBEとんぼ玉ミュージアムでは本書の出版を記念して2008年 7月11日(金)から10月6日(月)までの間、掲載される世界の名匠40名の作品を紹介する企画展を実施する予定です。

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