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フェニキア玉 B.C.500年頃~

20061103035510.jpg 黎明期(紀元前2000年紀)のガラスは2つの川、すなわちナイル川とチグリス・ユーフラテス川の河畔に成立して発展しましたが、紀元前1000年紀になると、ガラス発展の中心地は地中海を取りまく地域へと移っていきました。なかでも、地中海東海岸に位置するフェニキアのシドンはガラス生産の中心地として発展し、フェニキアや植民地カルタゴでは右の写真のような重層貼眼玉やコアガラス、人頭とんぼ玉が生産され輸出されました。重層貼眼玉は紀元5~4世紀ごろに作られていたとみられていますが、現在でも人頭とんぼ玉とともに、大英博物館やルーブル美術館などで見ることが出来ます。

 ローマ時代の学者、プリニウスは紀元前1世紀、『博物誌』でガラスの起源はフェニキアであると述べています。『こういう話がある。天然ソーダを商う何人かの商人たちの船がその浜〔フェニキアの海岸〕にはいって来た。そして食事の用意をするために彼らは岸に沿って散らばった。しかし彼らの大鍋を支えるのに適当な石がすぐには見つからなかったので、彼ら積荷の中から取り出したソーダの塊の上にそれをのせた。このソーダの塊が熱せられてその浜の砂と十分に混ざったとき、ある見たことのない半透明な液が何本もの筋をなして流れ出た。そしてこれがガラスの起源だという。』

 フェニキアのガラスよりも、エジプトやメソポタミアにおけるガラスの生産のほうが早い時期に行われたことは分かっていますが、ある科学者は実際にこの伝説を試し、この方法でもガラスが作れることがわかりました。1940年代に日本で書かれたガラスの概説書は『これ迄いろいろな説がプリーニー〔プリニウスのこと〕の説を批判してをりましたがアメリカでモンローという科學者その書物の内容について細々と傳説の通りに實験を致しました。それは今から14、5年前のことですが、モンローは砂(珪砂)と曹達〔ソーダ〕を混合して、その上に薪をのせ、火を點じて2時間後、灰の下からドロドロに融けたガラスを取出しました。次に、硝石と砂でも同じような實験の結果、ガラスが出来たとの報告をしてをります』と紹介しています。

 フェニキアのとんぼ玉のなかでも、特に右上の写真のような重層貼眼玉は世界中にもたらされ、ヨーロッパではケルト人の間で流通し(ケルト玉)、中東ではアケメネス朝ペルシャのペルセポリス、同じくアケメネス朝のイラン・ギーラーン州ガレクティ、中国・曾候乙墓などにまで到達しました。特に戦国春秋時代の中国ではフェニキア・オリジナル(一部エジプト)のものに加え、現地で意匠をまねた玉(戦国とんぼ玉)がつくられるようなったことが分かっています。

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