
左の写真はボルネオ島・中北部の山岳地帯のジャングルに住むカヤン(Kayan)族の女性です。耳に大きな真鍮製のイヤリングをし、首には何連ものとんぼ玉のネックレスをしています。
ボルネオ島は赤道直下にある世界で3番目に大きい島で、日本の約2倍の面積があります。北西部の27%がマレーシア領(サラワク・サバ)、そこに囲まれた1%がブルネイ、東部から南西部にかけての72%がインドネシア領(カリマンタン)です。イスラム教徒でもマレー人でもないボルネオの原住民がダヤク(dayaks)族で、ダヤク族はさらに焼畑民族のカヤン族やケンヤ族、狩猟採取民族のプナン族などに分類されます。
1910年代のボルネオ島の習俗に関する調査によると、カヤン族はボルネオ島の諸民族のなかでも特にとんぼ玉を珍重し、一部の女性は、古いビーズと現代の模倣品を見分ける能力が非常に高いということです。この理由について、戦前にボルネオを探検したある日本の研究者は「遠祖より何百年かの長きにわたって多くの玉を手に入れた経験により、玉の価値を知りえるようになったのであろう」と述べています。
カヤン族とその周辺の民族には、右下の写真のように様々な種類のとんぼ玉が伝わっています。そのデザインから、主に16世紀以降にヴェネチアやオランダで作られたものだと推測され、様々な時代にアラブや中国の商人がもたらしたものだとされています。

それぞれの玉には名前が付けられており、価値も「健康な成人男性の奴隷一人」「水牛一頭」などと明確に決められていて、結婚の儀式に使われることが多かったようです。ネックレスや腰ひもの飾りとして用いられる一方、一つしかない貴重な玉は腕輪に使われることもあったそうです。
前述の日本の研究者は、台湾のパイワン族が所持する玉と同じような玉をボルネオ島のカヤン族が伝承することなどを踏まえ、「台湾の諸族はボルネオ島に発祥し、パラワン島を経由して呂宋島に渡来したのであろうという見方もある」と紹介しています。確かに、台湾の原住民とカヤン族が使う言語は共にオーストロネシア語族のインドネシア語派に属することが判明していますが、言語学や考古学の今日の知見によると、オーストロネシア語族は台湾からフィリピンやインドネシアに南下したとする説が有力だそうです。
また、同じくボルネオ島中東部のジャングルに暮らすダヤク族のうち、ケンヤ(Kenya)族も独自のビーズ細工で知られています。カヤン族はもともとカヤン川上流のアポ・カヤン地域の高原に住んでいましたが、1825〜50年ごろ、ケンヤ族がこの地域に移住してきました。その後、第二次世界大戦が終わるとケンヤ族はこの地域からマハカム川の下流に移住していきました。

カヤン族やケンヤ族の代表的なビーズ細工が、農作業中に赤ん坊を背負うための背負子です。背負子の前面にはシードビーズでダヤク族の神であるAsoの模様が編み込まれ、その上には左の写真のような熊の歯とビーズで作られた飾りが付けられ魔除けの役割を果たしていました。
この飾りはマハカム川下流の都市で入手されたものです。熊の歯の数をすべて足した時、偶数になるのは男の子のための背負子で、奇数は女の子のものだそうです。『Manik-Manik di indonesia』によると、ストライプ模様のとんぼ玉はヴェネチア製、黄色の薄いディスク状のものはボルネオ製、小さな黄色のビーズは中国製で時代は16〜17世紀のものとしています。
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