
左の写真は盛装している台湾・パイワン族の女性です。女性の首にはとんぼ玉の首飾りがかけられています。
かつて高砂族と呼ばれた
台湾の原住民は、居住地域や習慣、言語などの違いによってタイヤル(泰雅・アタヤル)族 、アミ(阿美)族、ツォウ(鄒)族 、ブヌン(布農)族、プユマ(卑南)族、ルカイ(魯凱)族、パイワン(排湾)族、ヤミ(雅美)族の9族に大きく分けられました。
1930年代の日本統治時代に行われた調査などによると、台湾南部の山岳地帯に住むパイワン族のブツル群に属する人々が特にとんぼ玉を珍重していたそうです。パイワン族の至宝は頚飾玉と素焼の小壷で、この小壷に頚飾玉を秘蔵し、屋根裏などの人目にふれない場所に小壷を隠して置いたということです。その価値は、ある村では「首飾りの主玉の値は女頭目一人の生命と同じ」「故意に人を死に至らしめた時には、五粒の首飾り玉を以て償いとする」などと明確に決められていたようです。
1920年代に台湾に渡った別の日本人研究者は、「パイワン族は(17世紀に東インド会社の)オランダ人と接触するはるか前、原始時代からとんぼ玉を持っていた」「台湾でつくられた形跡がなく、香料との交換品としてヨーロッパ・アラビアからもたらされた」「パイワン族のとんぼ玉は中国文化の延長ではなく、熱帯地域の土俗品の延長と見るのが合理的」「後世に中国でガラス玉の製法が発達してからは、補充品として長い間、絶えず輸入していた」などと述べています。
これらの考察が正しかったのかどうかは、具体的にパイワン族が秘蔵していたとんぼ玉がどのようなものだったのかを検討する必要があります。下のイラストは、台湾大学が収蔵するパイワン族のとんぼ玉コレクションの一部です。


イラストから分かるのは、
フェニキア玉や、ヴェネチアの玉まで、非常に多岐にわたる玉をパイワン族が所有していたということです。17世紀以前の玉がいつ台湾にもたらされたのかは確定できませんので、上の考察のように「原始時代から持っていた」とは即断できませんが、可能性としては十分ありうることだと思います。また、少なくとも第二次世界大戦以前に台湾でとんぼ玉がつくられていた形跡は見つかっていません。

また、右の写真に見られる玉のように、どこで作られたのかはっきりしない玉があります。この玉はムリムリタン(mulimulitan)と呼ばれ、もっとも貴重な玉としてネックレスでも一番中央に配置されています。
現在、台湾の原住民がとんぼ玉を製作、販売していますが、その多くはパイワン族が長らく秘蔵してきた玉のうち、玉の起源がはっきりしないムリムリタンのようなものを台湾独自の玉として作っているようです。1970年代初頭から、政府系財団が原住民の経済的格差を解消するために新たな産業を興すことを目的とし、計画的に生産者の育成や工房の支援をおこなってきたということです。
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パイワンパイワン(排湾族、ピンイン:、、''Paiwan'')は台湾南部に住むインドネシア語系に属する原住民である台湾原住民|高砂族の一種族。広義にパイワン族と呼ばれるものには、北部より山地のルカイ(Rukai)族と北東部より平地のプユマ(Puyuma)族とが含まれ、南部山地に分
パイワン族は現存しており、先祖から受け継がれたアンティークのネックレスは「家宝」として大事に受け継がれています。
また、村興しの一環としてトンボ玉も作っています。ボルネオ島のカヤン族同様、其々伝統的デザインには意味も込められています!
興味のある方は、私共のHPをごらん下さい♪
ボルネオ島カヤン族のトンボ玉も是非見てみたいですネ!情報等あれば教えていただければ幸いです!