人類最古のビーズ 10~9万年前

shell.jpg 2006年6月23日付米科学誌サイエンスによると、英ロンドン大などの国際研究チームが、9~10万年前に作られたとみられる人類最古の装飾品となる貝殻のビーズ3個を発見しました。大きさは約1.5~2センチで、 Nassariusという海の軟体動物がつくり出した小さな巻き貝に石器で穴を開け、植物のひもなどを通してネックレスかブレスレットにしていたとみられるそうです。

 3つのうち2つ(写真上)はイスラエル北部、ハイファ南方のカルメル(Carmel)山の斜面にあるスフール(Skhul)洞窟で1930年代初頭に見つかり、ロンドン自然史博物館に収蔵されていました。残る1つ(写真下)はアルジェリアのOued Djebbanaの遺跡で1940年代終盤に発掘され、パリ人類博物館に収蔵されていました。

 「穴が同じ位置に自然に開く可能性は1/1000以下で非常に低く、内陸の遺跡まで意図的に運ばれた」という事です。同様のビーズはこれまで、南アフリカのブロンボス洞窟から約7万5000年前のものが41個見つかっており、今回はこれらより約2万5千年古いということです。

古代エジプト・隕石のビーズ B.C.3000年頃

ゲルゼ遺跡1 1911年、エジプトの首都カイロから南に約70キロのところにあるゲルゼ(Gerze)遺跡から、9つの小さな金属製のビーズが発見されました。約5000年前のもので、金やカーネリアンと並んで首飾りに使用されており、エジプト最古の鉄の加工品とされていました。この時代の金石併用期文化は、ナカーダII文化とも呼ばれています。

 これらのビーズは、2013年、X線や中性子を利用した非浸襲的な分析で、ニッケルやゲルマニウムの含有量から原材料が隕石であることが判明しました。隕鉄を非常に薄く伸ばした後に、チューブ状に丸めてつくられており、非常に高度な技術が使われています。(2016.11.15)

宝貝のビーズ・貝貨 B.C.1000年頃~

sanixingdui1.jpg 1986年、中国四川省広漢市の西南にある三星堆遺跡に2つの祭祀坑が見つかり、青銅器や玉器、象牙など大量の文物が発掘されました。黄金のマスクをつけた青銅の仮面(左の写真)が有名ですが、紀元前約1000年ごろのものとみられる祭祀坑からはからは約4700個の宝貝(タカラガイ、子安貝)も見つかりました。

 この時代の宝貝には穴があけられたり表面が削り取られたりして紐が通されており、世界でもっとも早い時期の貨幣(貝貨)として、あるいは財宝としてつかわれていました。紐に通された宝貝は『朋』という単位で数えられており、宝貝は3000年前から現代まで連綿と人類によって加工され、利用されてきたビーズということができます。

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フェニキア玉 B.C.500年頃~

20061103035510.jpg 黎明期(紀元前2000年紀)のガラスは2つの川、すなわちナイル川とチグリス・ユーフラテス川の河畔に成立して発展しましたが、紀元前1000年紀になると、ガラス発展の中心地は地中海を取りまく地域へと移っていきました。なかでも、地中海東海岸に位置するフェニキアのシドンはガラス生産の中心地として発展し、フェニキアや植民地カルタゴでは右の写真のような重層貼眼玉やコアガラス、人頭とんぼ玉が生産され輸出されました。重層貼眼玉は紀元5~4世紀ごろに作られていたとみられていますが、現在でも人頭とんぼ玉とともに、大英博物館やルーブル美術館などで見ることが出来ます。

 ローマ時代の学者、プリニウスは紀元前1世紀、『博物誌』でガラスの起源はフェニキアであると述べています。『こういう話がある。天然ソーダを商う何人かの商人たちの船がその浜〔フェニキアの海岸〕にはいって来た。そして食事の用意をするために彼らは岸に沿って散らばった。しかし彼らの大鍋を支えるのに適当な石がすぐには見つからなかったので、彼ら積荷の中から取り出したソーダの塊の上にそれをのせた。このソーダの塊が熱せられてその浜の砂と十分に混ざったとき、ある見たことのない半透明な液が何本もの筋をなして流れ出た。そしてこれがガラスの起源だという。』

 フェニキアのガラスよりも、エジプトやメソポタミアにおけるガラスの生産のほうが早い時期に行われたことは分かっていますが、ある科学者は実際にこの伝説を試し、この方法でもガラスが作れることがわかりました。1940年代に日本で書かれたガラスの概説書は『これ迄いろいろな説がプリーニー〔プリニウスのこと〕の説を批判してをりましたがアメリカでモンローという科學者その書物の内容について細々と傳説の通りに實験を致しました。それは今から14、5年前のことですが、モンローは砂(珪砂)と曹達〔ソーダ〕を混合して、その上に薪をのせ、火を點じて2時間後、灰の下からドロドロに融けたガラスを取出しました。次に、硝石と砂でも同じような實験の結果、ガラスが出来たとの報告をしてをります』と紹介しています。

 フェニキアのとんぼ玉のなかでも、特に右上の写真のような重層貼眼玉は世界中にもたらされ、ヨーロッパではケルト人の間で流通し(ケルト玉)、中東ではアケメネス朝ペルシャのペルセポリス、同じくアケメネス朝のイラン・ギーラーン州ガレクティ、中国・曾候乙墓などにまで到達しました。特に戦国春秋時代の中国ではフェニキア・オリジナル(一部エジプト)のものに加え、現地で意匠をまねた玉(戦国とんぼ玉)がつくられるようなったことが分かっています。

ペルセポリス (アケメネス朝ペルシャ) B.C.550~B.C.330年頃

phoenicia.jpg 西はエジプト、東はインダス川流域まで支配したアケメネス朝ペルシア(B.C.550-B.C.330)の都ペルセポリスから左の写真のような白い重層貼眼玉が出土しました。模様の最下層の白地を横にのばし紺色の目の象嵌が特徴で、フェニキア玉の一種と考えられており「ペルセポリス型」と呼ばれています。ペルセポリスにはフェニキアを始めとする多くの植民地から朝貢品が届けられましたが、紀元前330年にマケドニアのアレクサンドロス大王の略奪・炎上に遭い、遺物はほとんど残っていません。しかし、宝物庫跡からは大理石彫刻やラピスラズリの壺、アラバスター製容器などが出土し、ペルセポリス型重層貼眼玉もここから発掘されました。

イラン・ガレクティ1号丘5号墓 (アケメネス朝ペルシャ) B.C.500~400年頃

ガレクティ 1964年、東京大学イラク・イラン遺跡調査団(団長:江上波夫、団員:深井晋司ら)がカスピ海の南に位置するイラン・ギーラーン州のデーラマン盆地・ガレクティの遺跡を発掘し、1号丘5号墓から多数の重層貼眼玉(写真左)を発見しました。典型的なフェニキア玉で、墓の年代は紀元前5世紀ごろ、アケメネス朝時代と考えられています。埋葬されていたのは熟年男性ですが、身分は分かっていないということです。副葬品は他にも銅の腕輪、縞メノウの垂飾、金や銅の耳飾り、エジプト産とみられるファイアンスのウジャドの眼、下の写真のような細長いとんぼ玉も出土しました。これらの出土品の半分は当時のイラン国内法に基づき調査団が持ち帰り、残り半分はテヘランの博物館が収蔵しているとのことです。

ガレクティ デーラマン盆地で発掘されたこれらアケメネス朝のとんぼ玉や、他の遺跡で見つかったササン朝のガラス腕がどこで作られたのかは定かではありませんが、少なくともこの盆地で作られたものではなさそうです。この地域を実際に訪れたある日本の考古学者は、ガラス製造の工房跡が見つかっていないことや、原料になるフリットや砂をどこから手に入れたのか不明であることを挙げた上で、「デーラマン地方が存外渓谷河川沿いに四通八達した交易路、商業路のターミナルだったかもしれないとは充分考えられても、シリア海辺部のシドンやエジプトデルタ地域のアレキサンドリアといった有名なガラス工房都市(中略)などと比較しても、工房はなかなか在りそうもないように見える」と記しています。

 やはり、重層貼眼玉は当時アケメネス朝が影響下においていたフェニキアからもたらされた可能性が高いと思われます。(2007.8.5)

ペルシアの瑠璃玉 深井晋司・高橋敏 淡交社 (1986/02)

アマゾンへ 1985年2月、東京大学東洋文化研究所の深井晋司教授が亡くなりました。古代ペルシャ美術、特にガラスについての世界的権威だった深井教授は同年3月に研究所を定年退職する予定で、前年の8月から本著を出版するべく準備していたということです。没後、関係者によって刊行された本著は、全238ページの大型本で、おそらく日本で発行されたとんぼ玉をテーマにした本のなかで最も豪華で迫力のある1冊に違いありません。豊富な図版は全てカラーで非常に鮮明、解説は田辺勝美氏や谷一尚氏が執筆。主だったとんぼ玉は原寸大の実測展開図まで掲載されています。

アマゾンへ 図版で取り上げられているとんぼ玉は「ペルシアすなわちイランで出土もしくは入手したガラス玉」であり「必ずしもイランで製作されたことを意味しない」とのことで、いわゆるフェニキア玉と呼ばれている重層貼眼玉がメインです。フェニキア人は紀元前6-4世紀にはアケメネス朝に服属しており、とんぼ玉の多くはこの間にフェニキア人の支配するレヴァント地方やカルタゴからペルシアにもたらされたと思われます。参考図版にはモザイク芯玉やローマの人面とんぼ玉も紹介されています。共著者である高橋敏氏はプロの写真家であり、クオリティの高い写真集としても評価することが出来ます。(2007.7.23)
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【とんぼ玉とビーズの世界史】
人類最古のビーズ(10~9万年前 )  古代エジプト・隕石のビーズ(B.C.3000年頃)   宝貝のビーズ(B.C.1000年頃~)   17世紀のとんぼ玉   20世紀のとんぼ玉

【重層貼眼玉】  
フェニキア玉   ケルト玉  ペルセポリス型  イラン・ガレクティ1号丘5号墓  ペルシアの瑠璃玉

【古代ローマ】
労働者のビーズ  壺型とんぼ玉  帯状モザイク玉

【ヨーロッパ・アフリカのとんぼ玉】
ベネチア玉  エチオピアンチェリー  ロシアンブルー  キッファビーズ  カメルーン  ベルベル人

【日本・中国のとんぼ玉】
江戸とんぼ玉  かんざし  和泉蜻蛉玉(大阪)  アイヌ玉(シトキ・タマサイ)  《民藝 387号》  戦国とんぼ玉  乾隆玉と単色玉

【アジア・オセアニアの諸民族】
台湾・パイワン族(排灣族)  《民藝 76号》  ボルネオ島・ダヤク族  パラオ共和国(ウドウド)  ミクロネシア連邦(ヤップ島)  インド・ナガ族

【アジアのとんぼ玉】
インド・バラナシ  インドパシフィックビーズ  ジャワ・ジャティムビーズ  ニューギニアビーズ

【東南アジアの遺跡】
タイ・バンチェン  ベトナム・サーフィン  ベトナム・オケオ  ラオス・ジャール平原

【コレクション】
芹沢銈介コレクション  平山郁夫コレクション  川田順造コレクション  とんぼ玉美術博物館コレクション
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