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Wikipediaなどによると、とんぼ玉(とんぼだま)とは穴のあいたガラス玉(beadsビーズ)のこと。蜻蛉玉。 模様のついたガラス玉をトンボの複眼に見立てたため、とんぼ玉と呼ばれた。江戸時代には青地に白の花模様のガラス玉を『蜻蛉玉』と呼び、それ以外のものは模様に応じて『スジ玉』などと呼び分けていたが、現在では模様に関係なく『とんぼ玉』と呼ばれている。 このブログでは、とんぼ玉にかんするあらゆる情報を収集していきたいと思います。イベント告知やリンク希望などがありましたら、コメント欄か右下のメール欄からお知らせください。
更新情報:08年5月レイアウト一部変更、4月伊右衛門、3月旅するとんぼ玉展、2月LAMMAGA、07年12月《小さな蕾 No.458》 とんぼ玉に誘われて、11月中国・乾隆玉と単色玉、《民藝 76号》 台湾パイワン族頸飾り、10月《民藝 387号》 あいぬ玉、9月ナザール・ボンジュウ、ベルベル人、8月カメルーン、7月ペルシアの瑠璃玉。6月ベネチア玉、壺型とんぼ玉、5月ニューギニア玉、06年12月新刊情報、11月キッファビーズ、Amazonと連結した書籍部を正式オープン、フェニキア玉、10月YouTubeでとんぼ玉作り!、インドパシフィックビーズ、ロシアンブルー、9月ペルシャ文明展、宝貝のビーズ・貝貨、8月、新刊情報、7月インド・バラナシとミクロネシア連邦(ヤップ島)、6月人類最古のビーズ、サーフィン遺跡、ボルネオ島・カヤン族、パラオ共和国(ウドウド)
【第3号】(2008年4月 春号)
【第2号】(2008年1月 冬号)
【創刊号】(2007年10月 秋号)



【ブログ】
【東京】
2006年6月23日付米科学誌サイエンスによると、英ロンドン大などの国際研究チームが、9〜10万年前に作られたとみられる人類最古の装飾品となる貝殻のビーズ3個を発見しました。大きさは約1.5〜2センチで、 Nassariusという海の軟体動物がつくり出した小さな巻き貝に石器で穴を開け、植物のひもなどを通してネックレスかブレスレットにしていたとみられるそうです。
1986年、中国四川省広漢市の西南にある三星堆遺跡に2つの祭祀坑が見つかり、青銅器や玉器、象牙など大量の文物が発掘されました。黄金のマスクをつけた青銅の仮面(左の写真)が有名ですが、紀元前約1000年ごろのものとみられる祭祀坑からはからは約4700個の宝貝(タカラガイ、子安貝)も見つかりました。
黎明期(紀元前2000年紀)のガラスは2つの川、すなわちナイル川とチグリス・ユーフラテス川の河畔に成立して発展しましたが、紀元前1000年紀になると、ガラス発展の中心地は地中海を取りまく地域へと移っていきました。なかでも、地中海東海岸に位置するフェニキアのシドンはガラス生産の中心地として発展し、フェニキアや植民地カルタゴでは右の写真のような重層貼眼玉やコアガラス、人頭とんぼ玉が生産され輸出されました。重層貼眼玉は紀元5〜4世紀ごろに作られていたとみられていますが、現在でも人頭とんぼ玉とともに、大英博物館やルーブル美術館などで見ることが出来ます。
西はエジプト、東はインダス川流域まで支配したアケメネス朝ペルシア(B.C.550-B.C.330)の都ペルセポリスから左の写真のような白い重層貼眼玉が出土しました。模様の最下層の白地を横にのばし紺色の目の象嵌が特徴で、フェニキア玉の一種と考えられており「ペルセポリス型」と呼ばれています。ペルセポリスにはフェニキアを始めとする多くの植民地から朝貢品が届けられましたが、紀元前330年にマケドニアのアレクサンドロス大王の略奪・炎上に遭い、遺物はほとんど残っていません。しかし、宝物庫跡からは大理石彫刻やラピスラズリの壺、アラバスター製容器などが出土し、ペルセポリス型重層貼眼玉もここから発掘されました。
1964年、東京大学イラク・イラン遺跡調査団(団長:江上波夫、団員:深井晋司ら)がカスピ海の南に位置するイラン・ギーラーン州のデーラマン盆地・ガレクティの遺跡を発掘し、1号丘5号墓から多数の重層貼眼玉(写真左)を発見しました。典型的なフェニキア玉で、墓の年代は紀元前5世紀ごろ、アケメネス朝時代と考えられています。埋葬されていたのは熟年男性ですが、身分は分かっていないということです。副葬品は他にも銅の腕輪、縞メノウの垂飾、金や銅の耳飾り、エジプト産とみられるファイアンスのウジャドの眼、下の写真のような細長いとんぼ玉も出土しました。これらの出土品の半分は当時のイラン国内法に基づき調査団が持ち帰り、残り半分はテヘランの博物館が収蔵しているとのことです。
1985年2月、東京大学東洋文化研究所の深井晋司教授が亡くなりました。古代ペルシャ美術、特にガラスについての世界的権威だった深井教授は同年3月に研究所を定年退職する予定で、前年の8月から本著を出版するべく準備していたということです。没後、関係者によって刊行された本著は、全238ページの大型本で、おそらく日本で発行されたとんぼ玉をテーマにした本のなかで最も豪華で迫力のある1冊に違いありません。豊富な図版は全てカラーで非常に鮮明、解説は田辺勝美氏や谷一尚氏が執筆。主だったとんぼ玉は原寸大の実測展開図まで掲載されています。
1846年、オーストリア・ザルツブルク南東の村『ハルシュタットHallstatt』にある古代墓地が発掘され、中央ヨーロッパにローマ人が到来する遙か昔、ケルト人による高度な文明が成立していたことが判明しました。紀元前800年〜同450年頃に、現在のオーストリアからバルカン半島北部、フランス東部にいたるドナウ川流域を中心とする広い範囲で栄えた文化は『ハルシュタット文化』と呼ばれ、スロベニア(旧ユーゴスラビア)の都市、ノヴォ・メストNovo Mesto近郊の町Brezje pri Trebelnemにあるハルシュタット文化期の遺跡からはフェニキア玉(写真右)が見つかりました。
右の写真は帝政ローマ期(紀元前27年〜紀元後395年)に地中海東岸、現在のレバノン、イスラエル、シリア、ヨルダン付近で製作され流通していた容器型とんぼ玉です。取っ手が一つあり、網のようなジグザグの透かし模様が胴体部分を包んでいるのが特徴で、口から内部が空洞になっているタイプと、ふさがっているタイプがあるようです。写真は空洞タイプで全長約2.2センチ、空洞部分は口から約1.2センチです。日本では類品が、横浜ユーラシア文化館や羽原コレクションに収蔵されています。
主にアフリカとの貿易のためにベネチアで作られたとんぼ玉で、アフリカントレードビーズ(African Trade Beads)とも呼ばれています。シェブロン、ミルフィオリ、オッキオ、ピュマータなど色、形、模様は本当に多種多様で数多くの文献がありますが、その決定版とも言える本『The Bead Goes on: The Sample Card Collection With Trade Beads from the Company J.f. Sick & Co. in the Tropenmuseum, Amsterdam』が出版されました。1910年ごろから約50年間、西アフリカにおけるとんぼ玉流通の95%を支配していたという商社『J.F.Sick & Co.』のとんぼ玉サンプルカードの写真がDVD-ROMで付いてきます。収録されているとんぼ玉の数はなんと約2万2千!。すべての玉に番号がふられていて、とんぼ玉がサンプルカードに加えられた年代も分かります。
Masters: Glass Beads〜とんぼ玉の名匠たち〜 KOBEとんぼ玉ミュージアムでは本書の出版を記念して2008年 7月11日(金)から10月6日(月)までの間、掲載される世界の名匠40名の作品を紹介する企画展を実施する予定です。