とんぼ玉とは


とんぼ玉とんぼ玉とは模様があり穴のあいているガラス玉(glass beads)のこと。蜻蛉玉。 模様をトンボの複眼に見立てたことからその名がつき、江戸時代には模様によって「蜻蛉玉」「筋玉」「更紗玉」などと呼び分けられていた。近年は作り方を教える教室書籍が増え、バーナーの低価格化も進み、玉作りが盛んになっている。模様や技術が日々進歩しており、作り手たちの相互交流も活発に行われている。また、古代やアンティークのとんぼ玉を蒐集しているコレクターも各地に増え、研究が行われている。 当ブログでは、とんぼ玉にかんするあらゆる情報を収集していきたいと思います。情報提供、イベント告知などは右下のメール欄からお知らせください。

最終更新:2012年5月一部リニューアルしました。ランマガ。3月掲示板を設置しました。イベント告知などにお使いください。

とんぼ玉目次:【全般】教室案内 書籍案内 ランマガ アンティーク情報 材料・工具 【とんぼ玉の世界史】人類最古のビーズ 宝貝のビーズ 17世紀のとんぼ玉 20世紀のとんぼ玉 【重層貼眼玉】フェニキア玉 ケルト玉 ペルセポリス型 イラン・ガレクティ1号丘5号墓 ペルシアの瑠璃玉 【古代ローマ】労働者のビーズ 壺型とんぼ玉 帯状モザイク玉 【ヨーロッパ・アフリカのとんぼ玉】ベネチア玉 エチオピアンチェリー ロシアンブルー キッファビーズ カメルーン ベルベル人 【日本・中国のとんぼ玉】江戸とんぼ玉 かんざし 和泉蜻蛉玉(大阪) アイヌ玉(シトキ・タマサイ) 《民藝 387号》戦国とんぼ玉 乾隆玉と単色玉 【アジア・オセアニアの諸民族】台湾・パイワン族(排灣族) 《民藝 76号》 ボルネオ島・ダヤク族 パラオ共和国(ウドウド) ミクロネシア連邦(ヤップ島) インド・ナガ族 【アジアのとんぼ玉】インド・バラナシ インドパシフィックビーズ ジャワ・ジャティムビーズ ニューギニアビーズ 【東南アジアの遺跡】タイ・バンチェン ベトナム・サーフィン ベトナム・オケオ ラオス・ジャール平原 【コレクション】芹沢介コレクション 平山郁夫コレクション 川田順造コレクション 佐野公代コレクション

とんぼ玉教室


【北海道】
 ・小樽運河工藝館 
 ・
小樽オルゴール堂 小樽市。
 ・グラスノチウ GLASS NOCIW 北広島市。
 ・とんぼ玉制作工房 Sora 中富良野町。
 ・いなほ硝子工房 北見市。
【青森県】
 ・白神ガラス工房「HOO」 深浦町。
【秋田県】

【岩手県】
 ・とんぼ玉工房琳 岩手県一関市。
 ・体験工房「森のくに」 岩手県大迫町。
【山形県】
 ・トンボ玉工房浪漫館 山形市。
【宮城県】
 ・ガラス工房 初月 仙台市青葉区。
 ・とんぼ玉 のんか 宮城県多賀城市。
【新潟県】
【福島県】
【群馬県】
 ・草津ガラス蔵 群馬県草津町。
【栃木県】
 ・のののクラフト 栃木県宇都宮市。
 ・蜻蛉玉工房 栃木県足利市。
 ・とんぼ玉館 栃木県那須町。
【茨城県】
 ・verre de amoureux 取手市。
 ・無一物 水戸市。
【埼玉県】
 ・川越体験工房オススメ 埼玉県川越市。
 ・ガラス工房ケミカ 埼玉県鴻巣市。
 ・Glass Studio MUGEN 埼玉県入間市。
 ・彩硝房 埼玉県ふじみ野市。
 ・れ・ぼぬう 埼玉県坂戸市。ギャラリー&喫茶の2F教室。
【千葉県】
 ・工房 榊 千葉市花見川区。
 ・とんぼ玉くらぶ・ちば千葉県我孫子市。
 ・ペンションキャッチボール 千葉県館山市。
【東京都】
 ・蜻蛉玉ばぶるす 東京都杉並区高円寺南。
 ・LAVAGUE ガラスとんぼ玉スクール 東京都目黒区。
 ・駒込とんぼ玉倶楽部 東京都北区。
 ・グラストレック バーナーワーク教室。
 ・東京国際ガラス学院 東京都江東区。
 ・kinariとんぼ玉教室浅草橋校 東京都台東区。
 ・スタジオサカミ 東京・御徒町。
 ・とんぼ玉-なかの雅章- 東京都北区。
 ・atelier Primavera 荻窪駅徒歩5分。本山すみ子さん。
 ・とんぼ玉工房ミルフィオリ 下北沢駅徒歩5分。
 ・グラス スタジオU 東京都福生市。
【神奈川県】
 ・とんぼ玉春日 神奈川県鎌倉市。
 ・Atelier Fio. 神奈川県葉山町。
 ・ガラス工房クリスタル・レックス 神奈川県厚木市。
 ・彩グラススタジオ 神奈川県川崎市。
 ・蜻蛉玉★ママの森 神奈川県寒川町。
 ・工房春風 神奈川県湯河原町。
 ・とんぼ玉工房ますぎんち 平塚・相模原。
【静岡県】
 ・バンバンスタジオ 静岡県掛川市。
 ・伊豆高原体験村トンボ玉工芸館 静岡県伊東市。
【山梨県】
 ・蜻蛉玉ぱーと工房 山梨県笛吹市。
 ・「クラフトの里」ダラスヴィレッジ 山梨県山中湖村。
 ・河口湖体験工房CraftPark 山梨県富士河口湖町。
【長野県】
 ・Glass Gallery Arms 軽井沢。体験と教室。
 ・アトリエSHO 長野県池田町。
 ・工房アース 長野県安曇野市。
 ・グラスアート瑠璃工房 長野県安曇野市。
 ・「SUWAガラスの里」北沢美術館新館 長野県諏訪市。
【富山県】
 ・蜻蛉玉丙午 富山市でワークショップを開催。
 ・とんぼ玉工房ぎんやんま 富山県砺波市。
【石川県】
 ・ガラス工房シェル・スタジオオススメ 石川県金沢市。
 ・glass beads Solo 金沢市竪町。
 ・とんぼ玉「彩」 石川県。 【福井県】
【岐阜県】
 ・ガラス物語hanagatayo 岐阜市。
 ・わくわく体験館 岐阜県可児市。
【愛知県】
 ・ガラス工房 かねぜん 名古屋市千種区。
 ・ こんどうなおみガラス教室 名古屋市熱田区。とんぼ玉作家・近藤直美さん。
 ・キャッツ・ポー 名古屋市中川区。
 ・手作り工房ちよ野 愛知県津島市を中心に教室を開催。
 ・バルト工房 瀬戸市でとんぼ玉作り体験を実施。
【三重県】
【和歌山県】
【奈良県】
 ・Glass studio Hand 大鎌章弘氏。奈良県大和郡山市。 【大阪府】
 ・リーガロイヤルホテル・エコールドロイヤル常設講座
  大阪市北区。増井敏雅氏。
 ・kinariとんぼ玉教室京橋校 大阪市都島区。
 ・とんぼ玉工房・アッタ 大阪市西区。
【滋賀県】
 ・巧彩舎 滋賀県滋賀県長浜市。
【京都府】
 ・がらす工房 里 京都市北区。一日体験と教室。
 ・カトレア美装(びそう) 京都本社。京都市東山区。
 ・硝子工房 篠瑠璃 京都府亀岡市。
【兵庫県】
 ・KOBE とんぼ玉ミュージアム 神戸市中央区。
 ・北野工房のまち 神戸市中央区。
 ・ガラス工房アクアグリーン 兵庫県小野市。
【鳥取県】
【島根県】
【岡山県】
 ・玉野とんぼ玉クラブオススメ 岡山県玉野市。
【広島県】
 ・『ガラスの里』トンボ玉教室 広島市安佐北区。
 ・とんぼ玉工房 Julian 広島県東広島市。
【山口県】
【香川県】
【徳島県】
【高知県】
【愛媛県】
 ・タラ工房のガラスいろいろ 愛媛県松山市。
【福岡県】
 ・さくら工房 福岡市早良区。
 ・九州民芸村 北九州市。
【佐賀県】
【長崎県】
【熊本県】
 ・平田真深とんぼ玉工房 熊本県熊本市。フードパル熊本内。
【大分県】
【宮崎県】
【鹿児島県】
 ・さつま町ガラス工芸館 鹿児島県さつま町。
  牧園町のまほろばの里「がらすの舘」でも。
【沖縄県】
 ・Norari & Kurari 沖縄県北谷町。
 ・ガラス工房 長七 沖縄県北中城村。
 ・てぃだ工房 沖縄県恩納村。
 ・陶芸教室ippo 沖縄県浦添市。

The Complete Book of Glass Beadmaking (Lark Jewelry)

目次(都道府県名↓をクリックして下さい)
【北海道】北海道 【東北】青森県岩手県宮城県秋田県山形県福島県
【関東】東京都神奈川県埼玉県千葉県群馬県栃木県茨城県
【甲信越】山梨県長野県新潟県  【北陸】富山県石川県福井県  【中部】岐阜県静岡県愛知県

【近畿】大阪府兵庫県京都府滋賀県奈良県和歌山県三重県
【中国】鳥取県島根県岡山県広島県山口県
【四国】徳島県香川県愛媛県高知県
【九州】福岡県佐賀県長崎県熊本県大分県宮崎県鹿児島県 【沖縄】 沖縄県

ランマガ:LAMMAGA 2007.10-


KOBEとんぼ玉ミュージアム内に事務局を置くジャパンランプワークソサエティ(The Japan Lampwork society)が2007年10月、とんぼ玉をはじめとするランプワークの技法、作品などを紹介する雑誌『LAMMAGA』(ランマガ・ランプワークマガジン)を創刊しました。年4回の季刊(1,4,7,10月)で、定価1250円。
▼最新号
19.jpg主な内容
■技法紹介
小湊公子…インタビュー&鉛ガラスでつくるキノコのペンダント
山本達也…銀箔を使ったペンダントトップの制作
和泉恵美子…ランプワークのボタン
うえだひさこ…小さなビーズたち
Paul Joseph Stankard…Special Intervew
Kim Fields…"Oriental Poppy"Bead
Samson Weinfeld…Checker-Cello/Checker-Filla Tutorial
■イベント&トピック
ART MARBLE&PAPERWEIGHT 2012 誌上展覧
硝子の自然観察会-増永元作品展-誌上展覧&トークショーREPORT 
KOBE de 清盛 ランプワーク作品誌上展覧&公開デモンストレーション
Bead Art Show -YOKOHAMA 2012春-
■コラム
新連載 ボヘミアのランプビーズ

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アンティークのとんぼ玉情報


tombo3.jpg【東京】
ギャラリーかんかん 表参道。人面とんぼ玉から、ヴェネチアンビーズまで。2009年秋にハナエモリビルから2ブロック裏のビルに移転し、売り場面積が広がりゆったりとした空間になりました。フェニキアからローマ、戦国玉、イスラム、ベネチアまで幅広い時代、地域のとんぼ玉を扱っています。とんぼ玉以外にも、古代ガラスの逸品、とくにササン朝ペルシャのカット碗など見るべきものが多数あります。ギャラリーかんかんについては芹沢けい介コレクションも参照してください。

・作次郎 荻窪駅北口徒歩1分。戦国蜻蛉玉、ジャワ玉など。
アンティーク・アイ 銀座・アンティークモール2階

・toodaloo,kangaroo. 下北沢。小さなお店のなかは、シェブロンなどのベンチア玉からイスラムのフェザービーズまで世界中のとんぼ玉、ビーズでいっぱいです。現代の新しいビーズも。世田谷区北沢2-27-15、地図はこちら。通りから少し小道に入ったところです。

【あちこち】
エスニック雑貨店「マライカ」
【ヤフーYAHOO!オークションほか】
B-ist(B'ist) ヤフーオークションで古代から近代までのとんぼ玉を販売。主に100円スタートのばら売りで、古代ローマ、イスラムの逸品が多い。
【楽天Rakuten・通販】
ギャラリー・アメニティ・デザイン とんぼ玉のネックレス。

銀化ガラス


resize0031.jpg 古代ガラスの魅力の一つは“銀化”です。写真の左下に写っているのは紀元前1世紀~紀元後1世紀ごろ地中海域で流通していた壷型とんぼ玉、後ろは9~13世紀ごろの中東・イスラム世界でガラス製品の原料として使われていたガラス塊で、いずれも美しく銀化しています。

 銀化とは何でしょうか。そして、どのような原理で輝きを得るのでしょうか。

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人類最古のビーズ 10~9万年前


shell.jpg 2006年6月23日付米科学誌サイエンスによると、英ロンドン大などの国際研究チームが、9~10万年前に作られたとみられる人類最古の装飾品となる貝殻のビーズ3個を発見しました。大きさは約1.5~2センチで、 Nassariusという海の軟体動物がつくり出した小さな巻き貝に石器で穴を開け、植物のひもなどを通してネックレスかブレスレットにしていたとみられるそうです。

 3つのうち2つ(写真上)はイスラエル北部、ハイファ南方のカルメル(Carmel)山の斜面にあるスフール(Skhul)洞窟で1930年代初頭に見つかり、ロンドン自然史博物館に収蔵されていました。残る1つ(写真下)はアルジェリアのOued Djebbanaの遺跡で1940年代終盤に発掘され、パリ人類博物館に収蔵されていました。

 「穴が同じ位置に自然に開く可能性は1/1000以下で非常に低く、内陸の遺跡まで意図的に運ばれた」という事です。同様のビーズはこれまで、南アフリカのブロンボス洞窟から約7万5000年前のものが41個見つかっており、今回はこれらより約2万5千年古いということです。

宝貝のビーズ・貝貨 B.C.1000年頃~


sanixingdui1.jpg 1986年、中国四川省広漢市の西南にある三星堆遺跡に2つの祭祀坑が見つかり、青銅器や玉器、象牙など大量の文物が発掘されました。黄金のマスクをつけた青銅の仮面(左の写真)が有名ですが、紀元前約1000年ごろのものとみられる祭祀坑からはからは約4700個の宝貝(タカラガイ、子安貝)も見つかりました。

 この時代の宝貝には穴があけられたり表面が削り取られたりして紐が通されており、世界でもっとも早い時期の貨幣(貝貨)として、あるいは財宝としてつかわれていました。紐に通された宝貝は『朋』という単位で数えられており、宝貝は3000年前から現代まで連綿と人類によって加工され、利用されてきたビーズということができます。

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フェニキア玉 B.C.500年頃~


20061103035510.jpg 黎明期(紀元前2000年紀)のガラスは2つの川、すなわちナイル川とチグリス・ユーフラテス川の河畔に成立して発展しましたが、紀元前1000年紀になると、ガラス発展の中心地は地中海を取りまく地域へと移っていきました。なかでも、地中海東海岸に位置するフェニキアのシドンはガラス生産の中心地として発展し、フェニキアや植民地カルタゴでは右の写真のような重層貼眼玉やコアガラス、人頭とんぼ玉が生産され輸出されました。重層貼眼玉は紀元5~4世紀ごろに作られていたとみられていますが、現在でも人頭とんぼ玉とともに、大英博物館やルーブル美術館などで見ることが出来ます。

 ローマ時代の学者、プリニウスは紀元前1世紀、『博物誌』でガラスの起源はフェニキアであると述べています。『こういう話がある。天然ソーダを商う何人かの商人たちの船がその浜〔フェニキアの海岸〕にはいって来た。そして食事の用意をするために彼らは岸に沿って散らばった。しかし彼らの大鍋を支えるのに適当な石がすぐには見つからなかったので、彼ら積荷の中から取り出したソーダの塊の上にそれをのせた。このソーダの塊が熱せられてその浜の砂と十分に混ざったとき、ある見たことのない半透明な液が何本もの筋をなして流れ出た。そしてこれがガラスの起源だという。』

 フェニキアのガラスよりも、エジプトやメソポタミアにおけるガラスの生産のほうが早い時期に行われたことは分かっていますが、ある科学者は実際にこの伝説を試し、この方法でもガラスが作れることがわかりました。1940年代に日本で書かれたガラスの概説書は『これ迄いろいろな説がプリーニー〔プリニウスのこと〕の説を批判してをりましたがアメリカでモンローという科學者その書物の内容について細々と傳説の通りに實験を致しました。それは今から14、5年前のことですが、モンローは砂(珪砂)と曹達〔ソーダ〕を混合して、その上に薪をのせ、火を點じて2時間後、灰の下からドロドロに融けたガラスを取出しました。次に、硝石と砂でも同じような實験の結果、ガラスが出来たとの報告をしてをります』と紹介しています。

 フェニキアのとんぼ玉のなかでも、特に右上の写真のような重層貼眼玉は世界中にもたらされ、ヨーロッパではケルト人の間で流通し(ケルト玉)、中東ではアケメネス朝ペルシャのペルセポリス、同じくアケメネス朝のイラン・ギーラーン州ガレクティ、中国・曾候乙墓などにまで到達しました。特に戦国春秋時代の中国ではフェニキア・オリジナル(一部エジプト)のものに加え、現地で意匠をまねた玉(戦国とんぼ玉)がつくられるようなったことが分かっています。

ペルセポリス (アケメネス朝ペルシャ) B.C.550~B.C.330年頃


phoenicia.jpg西はエジプト、東はインダス川流域まで支配したアケメネス朝ペルシア(B.C.550-B.C.330)の都ペルセポリスから左の写真のような白い重層貼眼玉が出土しました。模様の最下層の白地を横にのばし紺色の目の象嵌が特徴で、フェニキア玉の一種と考えられており「ペルセポリス型」と呼ばれています。ペルセポリスにはフェニキアを始めとする多くの植民地から朝貢品が届けられましたが、紀元前330年にマケドニアのアレクサンドロス大王の略奪・炎上に遭い、遺物はほとんど残っていません。しかし、宝物庫跡からは大理石彫刻やラピスラズリの壺、アラバスター製容器などが出土し、ペルセポリス型重層貼眼玉もここから発掘されました。

イラン・ガレクティ1号丘5号墓 (アケメネス朝ペルシャ) B.C.500~400年頃


ガレクティ 1964年、東京大学イラク・イラン遺跡調査団(団長:江上波夫、団員:深井晋司ら)がカスピ海の南に位置するイラン・ギーラーン州のデーラマン盆地・ガレクティの遺跡を発掘し、1号丘5号墓から多数の重層貼眼玉(写真左)を発見しました。典型的なフェニキア玉で、墓の年代は紀元前5世紀ごろ、アケメネス朝時代と考えられています。埋葬されていたのは熟年男性ですが、身分は分かっていないということです。副葬品は他にも銅の腕輪、縞メノウの垂飾、金や銅の耳飾り、エジプト産とみられるファイアンスのウジャドの眼、下の写真のような細長いとんぼ玉も出土しました。これらの出土品の半分は当時のイラン国内法に基づき調査団が持ち帰り、残り半分はテヘランの博物館が収蔵しているとのことです。

ガレクティ デーラマン盆地で発掘されたこれらアケメネス朝のとんぼ玉や、他の遺跡で見つかったササン朝のガラス腕がどこで作られたのかは定かではありませんが、少なくともこの盆地で作られたものではなさそうです。この地域を実際に訪れたある日本の考古学者は、ガラス製造の工房跡が見つかっていないことや、原料になるフリットや砂をどこから手に入れたのか不明であることを挙げた上で、「デーラマン地方が存外渓谷河川沿いに四通八達した交易路、商業路のターミナルだったかもしれないとは充分考えられても、シリア海辺部のシドンやエジプトデルタ地域のアレキサンドリアといった有名なガラス工房都市(中略)などと比較しても、工房はなかなか在りそうもないように見える」と記しています。

 やはり、重層貼眼玉は当時アケメネス朝が影響下においていたフェニキアからもたらされた可能性が高いと思われます。(2007.8.5)

ペルシアの瑠璃玉 深井晋司・高橋敏 淡交社 (1986/02)


アマゾンへ 1985年2月、東京大学東洋文化研究所の深井晋司教授が亡くなりました。古代ペルシャ美術、特にガラスについての世界的権威だった深井教授は同年3月に研究所を定年退職する予定で、前年の8月から本著を出版するべく準備していたということです。没後、関係者によって刊行された本著は、全238ページの大型本で、おそらく日本で発行されたとんぼ玉をテーマにした本のなかで最も豪華で迫力のある1冊に違いありません。豊富な図版は全てカラーで非常に鮮明、解説は田辺勝美氏や谷一尚氏が執筆。主だったとんぼ玉は原寸大の実測展開図まで掲載されています。

アマゾンへ 図版で取り上げられているとんぼ玉は「ペルシアすなわちイランで出土もしくは入手したガラス玉」であり「必ずしもイランで製作されたことを意味しない」とのことで、いわゆるフェニキア玉と呼ばれている重層貼眼玉がメインです。フェニキア人は紀元前6-4世紀にはアケメネス朝に服属しており、とんぼ玉の多くはこの間にフェニキア人の支配するレヴァント地方やカルタゴからペルシアにもたらされたと思われます。参考図版にはモザイク芯玉やローマの人面とんぼ玉も紹介されています。共著者である高橋敏氏はプロの写真家であり、クオリティの高い写真集としても評価することが出来ます。(2007.7.23)

ペルシャ文明展


 先日、上野・東京都美術館で開催されているペルシャ文明展を見てきました。展示されていた宝物のすばらしさは朝日新聞のこちらのサイトで紹介されている通りでしたが、いくつか非常に残念な点があり、後味の悪い見学となってしまいました。

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ケルト玉(ハルシュタット文化) ~B.C.450年頃


ケルト玉 1846年、オーストリア・ザルツブルク南東の村『ハルシュタットHallstatt』にある古代墓地が発掘され、中央ヨーロッパにローマ人が到来する遙か昔、ケルト人による高度な文明が成立していたことが判明しました。紀元前800年~同450年頃に、現在のオーストリアからバルカン半島北部、フランス東部にいたるドナウ川流域を中心とする広い範囲で栄えた文化は『ハルシュタット文化』と呼ばれ、スロベニア(旧ユーゴスラビア)の都市、ノヴォ・メストNovo Mesto近郊の町Brezje pri Trebelnemにあるハルシュタット文化期の遺跡からはフェニキア玉(写真右)が見つかりました。

ケルト玉  ケルト語で「製塩所の場所」という意味であるハルシュタットには岩塩の採れる鉱山があり、ケルト人はこの地で塩をつくり交易に行い、紀元前6~5世紀にはハルシュタット以外の場所でも盛んに地中海地方と交易を行っていたことが判明しています。とんぼ玉は主にフェニキア人によってもたらされたと考えられており、左の写真(プラハ国立博物館蔵)のようなとんぼ玉はケルト玉と呼ばれています。

 左下の写真もノヴォ・メストNovo Mesto近郊のSmarjetaにある遺跡から出土したガラス玉とコアガラスの破片で、右下は同じくスロベニアのグロースプリェGrosuplje近郊の古墳から出土したものです。(ウィーン自然史博物館Naturhistorisches Museum Wien蔵)

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 紀元前600年頃にマッサリア(現在のマルセイユ)にギリシア植民市が形成され、地中海沿岸からローヌ川をさかのぼる新たな交易ルートができると次第にハルシュタットは廃れていき、紀元前450年頃からは、あらたに『ラ・テーヌ(スイス・ヌシャテル湖北端の村)文化』が興隆していきました。

【古代ローマ】ミルフィオリ


roman mil1 紀元前1世紀から紀元1世紀にかけ、ローマ帝国ではミルフィオリ、リボンガラス、ゴールドバンドガラスなどのきらびやかで豪華なモザイクガラスが流行しました。大量生産が可能な吹きガラスが普及する前のことで、限られた数しかつくることができないモザイクガラスは非常に貴重で贅沢なものでした。金太郎飴の要領で、溶かした色ガラスから小さな花模様のチップをつくり、それらを平らに溶着して成型することで容器類(皿、碗、杯など)に仕上げました。この時代のミルフィオリガラスは右の写真のように破片となってしまっていることが多いのですが、完全な形で、あるいは修復可能な形で出土することも少なくありません。

roman mil モザイクガラスの技法は遅くとも紀元前3世紀ごろ、エジプト・プトレマイオス朝の時代のガラス職人によって確立され、帝政ローマ期には主にイタリアの工房でミルフィオリが製作されたと考えられています。左の写真は2009年4月、ロンドン博物館によって公開されたミルフィオリ碗で、ロンドンの墓地から細かく割れた状態で発見されたものを復元したものです。

 ローマ帝国の分裂後、ミルフィオリの技術はほぼ断絶してしましますが、近世になるとベネチアで復活し、この技法を使ったトレードビーズが大量にアフリカへの貿易品として生産・輸出されました。(2010.2.1)

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【古代ローマ】 労働者のビーズ


ベス 2008年6月、ローマ・フィウミチーノ空港近くで見つかった1世紀後半から2世紀ごろの墓地に、重労働に従事していた労働者(または奴隷)が多数、埋葬されていたことが分かりました。発見された人骨約300体のうち約7割が成人の男性で、背骨に損傷が見られることから、港湾から荷揚げされた重い荷物や塩の袋などを背負って運んでいた可能性があるということです。また、子どもの墓からは、黄金のイヤリングや銅の指輪、ファイアンスのベス像、琥珀や貝のビーズでつくられたネックレス(右の写真)が出土しました。帝政ローマ期の特権階級ではなく、庶民の生活を知る手掛かりとなる貴重な資料で、特に民間で信仰されていたエジプトの魔除けの神様であるベスが埋葬されていたことは、非常におもしろい発見です。(2008.6.15)

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【古代ローマ】 帯状モザイク玉


roman beads 右の写真は帯状モザイク三角玉と呼ばれるローマ時代を代表するとんぼ玉の一つです。写真の玉は銀化が進んでおり判別が困難ですが、帯は鮮やかな青色であることが多いのがこのとんぼ玉の特徴です。『世界のとんぼ玉』では人面とんぼ玉やゴールドバンド玉、ゴールドサンドイッチ玉と並んで掲載されており、同書には佐野公代コレクションのネックレスなどが紹介されています。このとんぼ玉は縞メノウを模したデザインとされ、現在のイランで発掘されることが多いとのことです。イラン高原出土のとんぼ玉をまとめた『ペルシアの瑠璃玉』にも同様のとんぼ玉が掲載されています。(2008.08.25 関連記事:壺型とんぼ玉労働者のビーズ)

【古代ローマ】 壷型とんぼ玉


 右の写真は帝政ローマ期(紀元前27年~紀元後395年)に地中海東岸、現在のレバノン、イスラエル、シリア、ヨルダン付近で製作され流通していた容器型とんぼ玉です。取っ手が一つあり、網のようなジグザグの透かし模様が胴体部分を包んでいるのが特徴で、口から内部が空洞になっているタイプと、ふさがっているタイプがあるようです。写真は空洞タイプで全長約2.2センチ、空洞部分は口から約1.2センチです。日本では類品が、横浜ユーラシア文化館や羽原コレクションに収蔵されています。


ルーブル美術館のある研究員の解説によると、空洞タイプは
 ①エルサレム
 ②ヨルダン川西岸のサマリア
 ③アンマンの北約110キロの都市ウンム・ケイス(旧ガダラ)
などから出土し、ふさがっているタイプはイスラエル北部の都市ナザレで出土しているとのことです。古代ギリシャで葬祭用の供物としてつかわれた陶器製の香油瓶『レキュトス』のような形をしていますが、ローマ期には他にも左の写真の様な色々な形の壷をかたどった思われるとんぼ玉が発掘されています。(2007.6.1)

芹沢介コレクション


 民芸運動に深い影響を受け、自らも世界各地の民芸品を蒐集した染色工芸家・芹沢介氏(せりざわ・けいすけ 1895-1984年)。芹沢氏のコレクションには、民芸運動を始めた柳宗悦らがほとんど蒐集しなかったアフリカや南アメリカの民芸品が含まれています。アフリカや世界各地のとんぼ玉もあり、それぞれの地域、時代を代表する逸品を、一粒ずつではなくまとまった連(ネックレス)の状態で収められているのがコレクションの特徴になっています。芹沢氏は時代や民族、地域ごとに異なるとんぼ玉の配列や、連が持つ力強さ、存在感に惹かれていたのだと想像できます。

 【過去記事】芹沢氏とアイヌ玉については→《民藝 387号》あいぬ玉 1985.3

 右上の写真は東北福祉大の芹沢介美術工芸館発行『芹沢介コレクション』の1ページですが、シェブロン玉やキングビーズ、六角平面のミルフィオリなど見事です。また、1979年にサントリー美術館で開かれた『芹沢介の蒐集 その一部展示』の図録(写真左)には典型的なバンチェン玉台湾とんぼ玉ナガ族の連が掲載されています。図録のキャプションには「ネックレス アフリカ各地」あるいは「装身具」と記されているだけで、例えばシェブロン玉とヒョウの歯でつくられた首飾りが「カメルーン、あるいはコンゴ(ザイール)のクバ族(Kuba)かソンゲ族(Songye)のウェディング・ネックレスである」などといった、詳しい出所は書かれていません。

これは芹沢氏が美術商からモノを買うときに出自をまったく気にせず聞かなかったことに関係しているかもしれません。芹沢氏に「約十年間、三ヶ月に一度はお訪ねし、持ち込んだ物も何とかほとんど買ってもらえるようにはなった」という古美術坂田(東京・目白)の坂田和實氏によると、「芹沢さんは品物の肩書き、つまりどの時代に、どこの国で、何に使ったかというような出自を一切問わなかった」ということです。坂田氏は初めて品物を持ち込んだときの様子を次のように述べています。

ひとりよがりのものさし「二十六年前、いかにも芹沢さんの好みそうなエチオピアの木製十字架を手に入れたので、骨董界の伝説的な人物に会える良いチャンスだと思い、紹介もなしに直接電話をしてみると、電話口に出てきたのは御本人で「ハイハイ、どうぞ持ってきて見せて下さい」と拍子抜けしそうな返事。こちらはまだ若かったし、最初の訪問ということでついつい力も入って、品物をゴッソリ持ってお伺いした。挨拶もそこそこに、さっそく品物を取り出すやいなや、くだんの十字架一点だけを取り上げて「これは良い、嬉しいネ、有難う、じゃ」と他の品物には眼もくれず、サッサと奥の部屋へ入られたのには参った、参った。せっかくこれだけの量を持ってきたのにとは思ってみても、一瞬の眼の勝負、とにかく説明が全然効かない、価格の安さが効かない、情も効かないのないないづくし。」(坂田和實「ひとりよがりのものさし」新潮社 pp.58-59)

東北福祉大の図録によると、芹沢氏がアフリカの原始美術に強く惹かれはじめたのは1966年、71歳になって初めてヨーロッパ旅行をしたときからということです。それまでも暇さえあれば古美術・骨董店をめぐり民芸品を蒐集していましたが、アフリカの収集品は晩年になってから集められたものが多いという事です。

芹沢氏の長男で考古学者の長介氏は「85歳を過ぎてからの介は、小川弘氏(編注:東京かんかん)がアフリカに渡って集めて来られたさまざまの木工品、衣類、マスク、家具、ビーズ、大壷等々にかこまれ、(中略)幸せをしみじみと味わっていたに違いない」と述べています。

芸術新潮 2009年 04月号 [雑誌]民芸運動を担った陶芸家の濱田庄司は「自分の目で自分らしく物を見ることができれば、これは一つの創作といっていい」と述べていますが、芹沢氏は柳らとは違いアフリカのモノを積極的に取り込むことで独自のコレクションを作り上げました。古美術評論家の青柳恵介氏は芹沢氏の蒐集についてこう述べています。「洗練された美の静謐を破る雑多なもののエネルギーを芹沢は求めたのであろうか。出来上がってしまった茶の湯の美意識、民藝の美意識を、アフリカやインカの工芸の原始性を梃子にして、もう一つ先に転がしてみたいという願いが芹沢介のコレクションから見てとれる。」。確立された美意識をもう一つ先へ。この芹沢氏が創造した蒐集は一つの美の基準となり、次の世代の美術商、骨董商、コレクターに大きな影響を与えることになりました。(2009.8.1)

平山郁夫コレクション


平山郁夫コレクション 日本画家の平山郁夫氏が2009年12月2日、脳梗塞のため亡くなりました。平山氏はシルクロードに魅せられ、オリエント対して熱い情熱と深い関心を持たれていました。山梨県北杜市にある平山郁夫シルクロード美術館には、素晴らしいガラスコレクションがあり、それは山川出版社の「シルクロードのガラス」にまとめられています。

シルクロードのガラス―時空を超えた魅惑の輝き (MUSAEA JAPONICA) この本で平山氏は古代ガラスについて次のように述べています。「メソポタミアや古代エジプトでは多様な美しいガラスを作り出した。このガラスは王侯クラスの人たちが、各人のステイタスとして身の回りで用い、身につけていたようだ。紀元前2000年紀より、さまざまなガラスの製法が考案され、さまざまな用途なものが作られている。さらに時代が進み、古代ローマ期に到ると、ローマングラスとして美しく造形的であり、芸術性の高いガラス器を遺している。また遺跡から出土したガラス器は、銀化による不思議な時代色を帯び、さらに付加価値として眼を楽しませてくれるのである」

 平山コレクションは、MIHO MUSEUMと並び、日本最高峰のコレクションだと思います。とんぼ玉はもちろん、器や小瓶など、シルクロードの始まりから終わりまでの地域と時代を網羅したものです。この本から“時空を超えた魅惑の輝き”が伝わってきます。(2009.12.5)

川田順造コレクション


 レヴィ=ストロースの『悲しき熱帯』の翻訳などで知られる文化人類学者、川田順造氏。西アフリカ内陸でのフィールドワークの傍ら、とんぼ玉を蒐集してきたことで知られています。コレクションの一部は由水常雄氏「とんぼ玉」に掲載されているほか、古美術雑誌や著作集でもコレクションについて触れています。

 1976年9月号の「小さな蕾」には「アフリカのトンボ玉」と題した文章が掲載され(写真)、1995年に発行された著作集「アフリカの心とかたち」に再録されています。76年当時の文章と、95年の再録時の文章には若干の違いがあり、その手直し、追加部分からは約20年間のコレクションの歩みを伺い知ることができます。

 例えば、76年には「折にふれてぽつりぽつり買っていたのが、いつのまにか小さなボール箱にいくつかたまった」とあるのが、95年には「いつのまにかボール箱いくつかにたまった」とあり、「小さな」が省かれています。20年間とんぼ玉を集め続け、その量も格段に増えたのだと思います。また、追加部分として、「私のコレクションの中にも、白く風化した古代フェニキアあたりのものかと思われるガラス玉も混じっている」と珍しいとんぼ玉について特記しています。

 そして締めくくりには、「とにかく玉というものには、それを手にした人の心を、前後の見さかいなくとりこにしてしまう不思議な魅力があり、だからこんなにも世界中に散らばったのであろう。玉に見入るうちにたまに魅入られる-私もそのとりこになった一人だ」と付け足しており、とんぼ玉に魅了されてしまった思いを率直に書き綴っています。(2009.7.1)
■とんぼ玉の本の一覧■
■とんぼ玉の歴史を知る本■ トンボ玉
世界のとんぼ玉
古代ガラス―H氏の場合 (京都書院アーツコレクション―ガラス (73))
The History of Beads: From 100,000 B.C. to the Present, Revised and Expanded Edition
■とんぼ玉を作るための本■ トンボ玉 (家庭ガラス工房)
小暮紀一氏による技法書
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とんぼ玉に遊ぶ
1000 Glass Beads: Innovation & Imagination in Contemporary Glass Beadmaking
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